100年後
毎朝NHKの連続テレビ小説を見るのですが
今回の「虎に翼」の主題歌で
米津玄師さんが歌う「さよーならまたいつか」を聴くたびに
「そのとおり、100年後は誰もいない。」と思います。
それはこの歌を聴く前から時々思っていました。
とても緊張する場面の時、
人様の前でお話をしなくてはならない時、
「10年経てば誰も何も覚えてはいない」と自分に言い聞かせていました(笑)
だから、今この時を楽しく、短く話すことにしよう、と。
思えば昔からテストの前日などにも、
「来週の今頃は、もう終わっている。」と思ったり
とても辛い気持ちでいる時も
「この気持ちはいつまでも続きはしない。1年後はきっと違っている。」と思ったり。
そうやって、ストレスを逃がして来たような気がします。
そして、それは確かに事実となり、確信としてねずみを支えてきました。
今は、ストレスを逃がすだけではなくて
何かするときに「100年経てば誰もいない。」と思うと
「自分がしたいように生きよう。」と思えるようになりました。
(もちろん、他の方に迷惑をかけないように、ですが)
だけど、時は一足飛びに過ぎるわけではなく、
ねずみの何かが、子供達や誰かの心の中に小さなものを残し、
そしてそれがまた、誰かの心の中に小さなものを残し、
そうして、どんどん繋がっていくのだと思ってもいます。
だから、けして自分の人生は終わっても、
世の中に成果物が記録として何も残らなくても、
何処かに何かが残っていき、生き続けるのかもしれない、と思います。
遺伝子的にも、生きる力的にも。
だから、いいものを遺したい。
いつの時代も、今が一番新しい。
そして、自分も皆さんも、今が一番新しい。
身体は衰えていきますが、それも含めて、
いいものを、いいことを遺せるように
人生を過ごしたいと思う今日この頃です。
今回の「虎に翼」の主題歌で
米津玄師さんが歌う「さよーならまたいつか」を聴くたびに
「そのとおり、100年後は誰もいない。」と思います。
それはこの歌を聴く前から時々思っていました。
とても緊張する場面の時、
人様の前でお話をしなくてはならない時、
「10年経てば誰も何も覚えてはいない」と自分に言い聞かせていました(笑)
だから、今この時を楽しく、短く話すことにしよう、と。
思えば昔からテストの前日などにも、
「来週の今頃は、もう終わっている。」と思ったり
とても辛い気持ちでいる時も
「この気持ちはいつまでも続きはしない。1年後はきっと違っている。」と思ったり。
そうやって、ストレスを逃がして来たような気がします。
そして、それは確かに事実となり、確信としてねずみを支えてきました。
今は、ストレスを逃がすだけではなくて
何かするときに「100年経てば誰もいない。」と思うと
「自分がしたいように生きよう。」と思えるようになりました。
(もちろん、他の方に迷惑をかけないように、ですが)
だけど、時は一足飛びに過ぎるわけではなく、
ねずみの何かが、子供達や誰かの心の中に小さなものを残し、
そしてそれがまた、誰かの心の中に小さなものを残し、
そうして、どんどん繋がっていくのだと思ってもいます。
だから、けして自分の人生は終わっても、
世の中に成果物が記録として何も残らなくても、
何処かに何かが残っていき、生き続けるのかもしれない、と思います。
遺伝子的にも、生きる力的にも。
だから、いいものを遺したい。
いつの時代も、今が一番新しい。
そして、自分も皆さんも、今が一番新しい。
身体は衰えていきますが、それも含めて、
いいものを、いいことを遺せるように
人生を過ごしたいと思う今日この頃です。