暑中見舞い

凹むことのひとつ。
余り負の気のお話はしたくないのですが、
たまには、凹んだお話でも。

先日、長年の知り合いから、
暑中見舞いが届きました。
彼女とは幼稚園、小学校2年まで一緒だった幼なじみ。
とても素敵なおうちに住んでいて、
玄関には子ども一人がはいれそうなアコヤ貝が飾ってありました。
大きな銀行にお勤めだったお父様と、
上品なお母様、可愛い弟、おじい様とおばあ様と
暮らしていました。
リビングにはその当時珍しい天井扇。
広い台所の一角に掘りごたつ。
テレビが各部屋にあって、
ふとお母さまが綺麗に畳んだ彼女のパンツを
引き出しに丁寧に並べるのを見て、
それがカラフルな上に苺やカワイイ柄だったの時の衝撃(笑)
なにせ、私の育った家ときたら、
グンゼのへそ上パンツ白、しか買ってくれなかったのです。
毎日のように遊びに行かせていただいていました

そんな彼女とは
小学校3年生に私が転校したことから、
それ以来ずっと文通友達でした。
小学校高学年の時、中学生の時に一度ずつ会いましたが、
その時にも、とても優しい彼女が大好きで、
ずっとずっとお友達でいようね、と話をしたのを覚えています。
短大に進み、大きな会社の事務に就職し、
その後、労働組合に入ったくらいから、
だんだん、彼女の手紙が変になっていったのです。
選挙の前には「共産党」を応援してください、という
手紙がやってくるようになりました。

私の母が亡くなったと手紙を書いた時、
送られてきた本。
「ガンで死ぬのが一番いい」というサイン本でした。
手紙も何も入っていなかったので、
その題名を見たとき、とてもショックだったのを覚えています。
後でハガキが来ました。
「いずれ人は死ぬけれど、この著者に傾倒している私は、
ガンで死ぬのが一番いいと思えました。」
何の悪意もなく、本当にそう思っているのだな、と思いました。
でも、ガンで苦しんで亡くなった母の事を見ていた私には、
ちょっとショックが大きくて・・・。
確かに、ガンで死ぬのが一番いいのかも知れません。
頭では解っていても、その本を見るたびに心が痛むのを感じました。
(その本は読みました)
少し彼女とは距離を置いて、お便りは出さなくなりました。

突然、先日、彼女から暑中見舞いのハガキが届きました。
ハガキには
「コロナはただの風邪です。
私はさんざん調べて、そのように思います。
自由に呼吸をしましょう。」と書かれていました。
まっすぐな彼女はきっと、そう思ったのでしょう。
東京で暮らしている私を心配してくれたのかも知れません。
元気づけてくれたのか、本当にそう思ったのか。
ただ少し、なんとなく、凹んでいる自分を感じます。
彼女は外出するときマスクをしているのかなぁ・・・と
ぼんやり思いました。

長い人生、人は変わっていくものです。
そして、彼女が変わったのではなく、
私が変わっていったのかも知れません。

お返事、どうしようかな・・・と考えているねずみなのでした。