Sさんの思い出

ねずみは普段は全くお化粧はしませんし、
なんならクリームなども塗らないのですが、冬は別。
寒くなったので肌が乾燥し、このところ、
手や顔にクリームを塗るようにしています。

クリームを塗るたびに思い出すのが、
昔、ねずみが障碍者更生援護施設というところで働いていた頃、
脳血管障害で倒れ高機能障害が残ってしまった
Sさんという初老の女性のことです。

彼女はいつも入眠が難しくて、
眠るまでは何回も何回もナースコールが鳴るという、
夜勤者にとっては大変な方でした。
日中でも日時は全く認識できなかったので、
車いすで詰め所にやって来られては、
「いま、何時かいね?」とうつろな目で一日中尋ねるような状態。
何かと手を煩わせるので、
職員の中には邪険に対応する人もいました。

お子様はおられず、遠くからご主人さんが毎週末面会に来て、
ずっと居室でご一緒におられました。
何をするでもなく、二人とも眠っておられたり、座っておられたり。

そんなSさんですが、ある時ご面会に来られた方から、
昔のSさんのお写真を見せていただく機会がありました。
Sさん、倒れる前までは小学校の校長先生で、
たくさんの研究会をまとめたり、指導をなさっておられた、とのことでした。
穏やかで、聡明で、指導力にあふれた先生でいらっしゃったそうです。

そんなSさんが欠かさなかったのが、
顔にクリームを塗る事でした。
ご主人さんからは「十分に何でも買ってやって欲しい。」と言われていたので、
Sさんの担当者は毎週大きなクリームを買ってきて渡すのですが、
それを一週間で使い切ってしまうのです。
とても丁寧に丁寧にご自分の顔に塗っておられて、
それはもう、ぴかぴかに美しい肌でした。

今朝、自分の顔にクリームを塗りながら、
「Sさんは、忙しいお仕事の間、ゆっくりクリームも塗れなかったんだなぁ・・」と
思いました。
時々声を荒げる姿からは、昔の姿は想像も出来ませんでしたが、
それでも、ねずみはSさんが好きでした。
Sさんの出身大学の校歌は良く覚えておられて、
眠れない夜は小さな声で一緒に歌ったりしました。
(同じ大学だったのです・・私は通信でしたが)
そんな時、Sさんは「あんたも、同じ学校なんかね?」と
優しい顔をするのでした。

Sさん、今はどうなさっておられますか?
冬になって、クリームの季節になると、
ねずみは貴女を思い出しています。